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大阪高等裁判所 昭和57年(う)130号 判決 1983年2月02日

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人松本保三、同戸田勝共同作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官川口清高作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、要するに、被告人は原判示交通事故を惹起したものではなく、本件事故当日普通乗用車のトランクに本件草刈機を左方に僅かに突出した状況で積載し運転したが、事故現場を通った時には既に被害者藤田イノは負傷して倒れていたものであって、同人の死亡については全く関係がないから、被告人が本件交通事故の犯人であると認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

よって、所論と答弁とにかんがみ記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調の結果を併せて検討するのに、原判示日時ころ、原判示国道二七号線の山側歩道上において、被害者藤田イノが、頭部を北方に向けうつ伏せに倒れ、後頭部挫創、左前頭部挫創の傷害を負って失血死していた事実は、本件各証拠によって明らかであるところ、右被害者の死亡が、被告人の運転していた普通乗用自動車(以下本件車両という)の惹起した事故に基づくものであるとの点については、事故を目撃した者や、現場遺留の物証もなく、一方本件車両後部トランクに積載されていた本件草刈機自体からも被害者の血痕付着の証明も得られていないのであって、被告人の司法警察員及び検察官に対する自白を除いては、他にこれを直接証明するに足りる証拠は記録上存しないのである。そして、原審証人大槻茂の証言及び被告人の原審公判廷における供述等によれば、右大槻は本件事故発生後に事故現場を通り合わせ、被害者方近くの船越与志子方にこの事故のことを知らせ、その後被告人の弟方である下山自工に立ち寄ったものであるが、被告人は大槻よりも更に遅れて事故現場に到着し、右の下山自工にもどって来ていることが認められ、このことは証拠上疑いがないとみられるところ、原判決は、被告人が右のように本件事故発生後に事故現場を通過していることを否定できないと認めたうえで、本件事故前に被害者と被告人を目撃した藤田薫の供述に基づき被害者及び被告人の各事故現場到達時間の計算をした結果、被告人は、右とは別に、それ以前にも一回事故現場を通過していることが認められるとし、このことは、二回も続けて事故現場を通過しなければならない特別の事情の認められない本件にあっては、被告人が、自己の犯行の確認ないしこれが発覚防止のための特別工作の存在を推測させる事情となるとともに、これと同様の供述をしている被告人の自白の信用性を積極的に裏付けるものであると解し、なお、その他に、被告人が、司法警察員に対する昭和五〇年九月三日付供述調書中で供述している自白に至る心情吐露も自然であり、否認したときはそのとおり否認したままの調書が作成されているほか、自白の内容も、例えば、本件車両後部トランクに積載していた本件草刈機に血液が付着しており、その付着箇所、付着状態や、これを自宅近くの小水路で洗ったことなど、実際に経験した者でなければ判明しないような事柄を供述していることや、被告人は、最初の取調である昭和五〇年九月三日という比較的早い時期から、犯行態様や逃走経路に至るまでの犯行の大要を供述しており、その内容も、付着血液を洗った点を付加するほか、以後の検察官取調終了時まで一貫して変わるところがなく、客観的事実ともよく符合していること等の事実を挙げて、被告人の自白の任意性及び信用性を肯認できるものとし、また、法医学的見地からすると、本件草刈機が、成傷器であった可能性が強いことや、他の犯人の存在する可能性を疑わせる証拠もないことなどを理由にして、本件事故が、被告人運転にかかる本件車両によって惹起されたもので、被告人が犯人であると認定するにつき合理的疑いを容れる余地はない、としている。

しかしながら、右のうち、被告人が本件事故現場を二回通過したと認められるとする点については、以下に述べるとおり疑問がある。即ち、まず、関係各証拠によると、藤田薫は、本件事故前、事故現場の北方にある自宅から軽トラックを運転し、通称サイノ下の田に向かい、原判示国道二七号線を綾部方面から京都方面に向けて南進中、対面歩行中の被害者と離合した後、同国道西側の原判決添付図面②(も同じ)の地点に自動車を止めて同国道東側の小路を通りサイノ下の田へ降りる途中、右図面地点付近を、本件草刈機をかついで、同図面の方向へ歩行中の被告人の後姿を認めたこと、一方、被告人は、その後点から歩行し、本件草刈機を、右地点近くの農道に駐車させておいた本件車両の後部トランクに、草刈機の刃の部分が、同車の左側にはみ出る状態で積載して同車を発進させて、前記国道上を綾部方面に向け北進し、本件事故現場を経て、被告人の弟方である下山自工に至ったこと、これに対し、被害者は、藤田薫と離合してからなおも歩行を続けた後、本件事故現場の歩道(原判決添付図面点)において、前記のとおり受傷した状態で転倒し、死亡していたことが、認められるところ、原判決は、前記藤田薫と被害者の離合地点は、前記国道上の、少くとも栄濃橋よりも京都寄りの地点であるとみながらも、一応被告人に有利なように栄濃橋交差点であるとしたうえ、右離合地点から、藤田薫が前記②地点で自動車から降り、サイノ下の田へ降りてゆき、被告人の姿を発見し、その後被告人が右の如く発見された箇所から農道に上り、そこに止めていた本件車両に本件草刈機を積み、同車を走行させて本件事故現場に至るまでの所要時間につき、藤田薫及び被告人運転の各車両の時速と走行距離から割り出した各走行時間と歩行実験結果に基づく右両者の歩行時間を合わせて計算し、これができる限り被告人に有利に見積っても、六分八秒以内であり、他方、右離合地点から、被害者が本件事故現場まで歩行するに要する時間を、同女の推定歩行速度を基礎として、少くとも三分一一秒はかかっているとし、これらのことからすると、被告人は、被害者が事故に遭遇してから二分五七秒以内、おそくとも三分以内には事故現場に到着していなければならないことになるが、一方、本件事故発生時刻は、弁護人の主張によっても午前一一時一八ないし一九分ころであり、かつ、大槻が本件事故現場に到着したのが午前一一時二四分ころであるから、事故後三分を経た時間は午前一一時二一ないし二二分ころとなり、このころは、未だ大槻も現場に来合わせていない時期であって、これは、被告人において、本件事故後現場に来合わせた大槻よりも前に、証拠上否定できない大槻よりも後の現場通過分とは別に、一回本件事故現場を通過していなければならないこと(即ち、現場を二回通過したこと)を示すものである、というのである。(なお、原判決は、前記離合地点を栄濃橋より南方とみることによって被告人の一回目の事故現場通過時刻と本件事故発生時刻は合致していると認めるのである。)叙上を要するに、原判決は、(一)被害者と藤田薫の離合地点が栄濃橋よりも南方であるとみながら、一応被告人に有利に栄濃橋交差点であると仮定したうえ(二)右離合後、藤田薫が被告人の姿を目撃し、一方、被告人がその後本件事故現場に到着するまでの所要時間が、多く見積っても六分八秒以内であること、(三)右離合後、被害者が本件事故現場に至るまでの所要時間が、少くとも三分一一秒を要していること、(四)本件事故発生時刻が午前一一時一八分ないし一九分ころであること(五)大槻が事故現場に来合わせたのが午前一一時二四分ころであること、以上の事実を論拠として、被告人が本件事故現場を二回通過したことが明らかであると結論付けていると解されるのである。そこで、更に、右(一)の仮定と(二)ないし(五)の認定事実の当否について検討を加えてみるのに、まず、(一)の点については、藤田薫は被害者と離合した地点に関し司法警察員に対する供述調書では、「場所ははっきり記憶ありませんが、私がサイノ下の田に行く途中で、私の進行方向右側で、山寄りを、藤田イノさんが歩いて自宅方向に行かれるのをみたのです。」「昨年の一一月か一二月ころ、弁護士らに対し、イノさんを栄濃橋付近の三叉路でみたと言っているが、この場所は確実でなく、ほんとうはわからないのです。」と供述し、また、検察官に対する供述調書では、「どこで会ったかという場所も、イノさんがその後事故にあうと知っていたらよくおぼえておくのですが、私の方もスピードが出ていたし、よく判りません。強いていえば、栄濃橋のあたりか、その少し南のカーブのあたりかだろうと思いますが、よく判りません。」と、供述しており、これら供述を全体として観察すると、藤田薫は、被害者との離合地点に関しては、はっきり判らないと言っているにとどまり、それ以上に、これが栄濃橋付近か、それよりも南方であったと明言しているわけではないと解されるばかりでなく、却って、同人は、前記のとおり、「私の進行方向右側で、山寄りを、藤田イノさんが歩いて自宅方向に行かれるのを見た」旨供述しており、右の供述内容自体に関しては格別信用性に疑いをさしはさむべき点も見当らないところ、《証拠省略》によると、上田二郎は、自動車を運転して南進中、原判決添付図面の点よりも更に南方のカーブ地点辺りの谷側を、被害者が対面歩行して来るのを目撃しており、その地点から栄濃橋までの間には横断歩道もないうえ、その間の国道山側の路側帯は谷側の路側帯に比較して狭く、背後から自動車が来ることもあって歩行上も危険が伴うと認められること等に徴すると、被害者は右のように上田二郎に発見された地点から栄濃橋までそのまま谷側の路側帯を歩行して来て、栄濃橋のたもとにある横断歩道を渡り、しかる後、道路山側の歩道(右横断歩道から北方の山側には歩道がある)を北方に向け歩行中、その姿を藤田薫に目撃されたもので、同人が、前記のように、「私の進行方向右側で、山寄りを藤田イノさんが歩いて自宅方向に行かれるのを見た」と供述するのは、この目撃した状況を言っているものと解する余地もないわけではないと考えられる。してみると、前記藤田薫の司法警察員及び検察官に対する各供述調書の記載をもって、同人と被害者との離合地点が、原判決のいうように、栄濃橋よりも南方であったとみることも、被告人に有利に栄濃橋交差点と仮定することも相当でないといわざるを得ないのである。また、右(二)、(三)の離合してから被告人及び被害者がそれぞれ本件事故現場へ到着するまでの所要時間をいう点は、いずれも、離合地点が少くとも栄濃橋交差点であったことを前提とするものであることが明らかであるところ、右のようにその前提自体、証拠上明確に確定できないことであるから、そうである以上、この点の見解にも、にわかに賛同することができない。のみならず、右離合地点の当否の点をしばらく措くとしても、原判決がいう、被告人及び被害者らの本件事故現場への到着所要時間の算定は、前記のように、藤田薫及び被告人運転車のそれぞれの時速と走行距離から割り出した走行時間並びにサイノ下の田付近における歩行実験結果、被害者の推定歩行速度等に依拠しているものであるところ、走行時間の点はとも角、右歩行実験結果の前提となるべき藤田薫が被告人の姿を認めた地点とその時の被告人の位置が、藤田薫の供述によっても必ずしも明確とは認め難く、未確定要素の存在も十分に考えられること等に徴すると、本件において分単位の数値を問題とする限り、前記各所要時間について、余裕をもたせず極めて連続した時間計算をすることは、その間に若干の誤差が生ずることを考慮に入れたとしても、なお相当の疑問があるといわざるを得ない。更に、(四)の本件事故発生時刻が午前一一時一八分ないし一九分であるというのは、単に弁護人の主張に依拠しているにすぎず、確たる証拠(証拠上分単位では確定できない)に基づくものではないことが明らかであり、(五)の大槻の現場到着時刻の点についても、これが午前一一時二四分ころであったというのは、同人が、現場付近を通過した京都交通の定期バスに続いて現場を通過したもので、右バスの運行時間が午前一一時二四分であった旨の記載がある捜査報告書二通に依拠するものであるが、原審公判廷において、大槻は証人として喚問を受けながら何等バスのことなど言及しておらず、また、右捜査報告書中の、バスの運行時間が午前一一時二四分であったとする根拠自体明確でないのであるから、これら時刻も、原判決が説示するような時間計算をするため、その算定根拠とするのは、相当でない。

以上の次第で、原判決のような時間計算によって被告人の事故現場通過が二回であるとは認め難い。

してみると、本件事故が被告人によって惹起されたと認めるべきか否かは、結局、その余の点から被告人の自白が信用できるかどうかにかかっているということになる。そこで、以下この点について検討を加える。

この点について、まず、所論は、被告人は、任意同行を求められ取調を受けた当初は、本件事故に関係ないと供述していたが、交替で五、六人の警察官から時にはボールペンを突きつけられたり、侮辱的な言葉を浴びせられたりして強い追求を受けた結果、やむなく本件事故を起したと虚偽の自白をしたものであるから、右被告人の捜査段階における自白の任意性には疑問がある、と主張し、被告人も、原審及び当審公判廷において、これに沿う弁疏をしている。しかし、《証拠省略》によると、被告人は、昭和五〇年九月三日午前中から京都府園部警察署に任意同行されて午前九時から午前一一時まで京都府警察本部科学捜査研究所技官から、ポリグラフ検査を受けたうえ、同日午後一時ころから警察官の取調を受けた結果、当初は、「やっていない。覚えはない。現場を通りかかったときは被害者は既に倒れていた。」などと言って否認していたが、午後五時ころになって、「私がやりました。」と申し述べて、自白するに至った動機をはじめ、本件事故の概要を供述して、本件事故の犯人が自分である旨自白するに至ったものであるところ、前記ポリグラフ検査の結果は、いわゆる「黒」と出ており、しかも、それまで、被告人が捜査官から事情聴取をされたのに対し、本件事故当日サイノ下の田に草刈にいっていないとか、当日乗っていった自動車は娘名義の日産サニーであったのに息子名義のブルーバードであるといったり、本件車両に積載していた草刈機は当日他から借りた両手ハンドルの本件草刈機であったのに自宅保管中の片手ハンドルの草刈機であるといって虚偽の供述をし、また他人に対し、罪証隠滅工作とみられるような行為に及ぶなど不審な言動が目立っていたことが認められるのであって、このような事情に徴すると、右の取調に際し、捜査官は、予め入手していた資料等に基づき本件事故の特殊な性格上本件当日本件草刈機を積載して自動車を運転していた被告人に対し強い嫌疑をかけて厳しく追求したであろうことは容易に推測できるけれども、このような取調方法をとることは、捜査上当然に許容されるところであり、しかも、前記各証言によると、右の取調をはじめ、その後の一連の被告人の取調過程で、捜査官が、所論のいうような暴行、脅迫を加えて任意性を疑わせるような所為に出たことはなかったと認められ、右所論に沿う被告人の弁疏は、そのまま措信できないから、被告人の自白の任意性まで疑うことはできない。

ついで、被告人の自白の信用性の点についてすすんで考察を加える。本件事故の状況に関し、被告人が司法警察員及び検察官に対して自白している内容は、本件車両後部トランクに、本件草刈機のエンジン部分を進行方向に向って右側の奥に置き、先端の刃の部分が車体側面左側にはみ出る状態で積載したうえ、原判示国道を時速約五〇キロメートルで北進中、本件事故現場の手前で被害者が前方左側の歩道上を同方向に歩行しているのを認めながら、前記草刈機が車外にはみ出ているのを失念し、そのまま進行したところ、トランクの中で「ガサッ」と本件草刈機がゆれると同時に、ハンドルに「コツン」という軽いショックを感じ、事故をおこしたと直感した、というものである。ところで、医師山澤吉平作成の鑑定書(二通)及び《証拠省略》を総合すると、本件草刈機と被害者の受傷部位、程度との結び着きの点について、山澤は、本件と同型の自動車及び草刈機を用意し、右自動車のトランクを開放して、草刈機の刃の部分を進行方向左側に突出した形で固定し、刃の回転板を、刃の一枚が車の進行方向を向くようガムテープで軽く固定して積載し、一方、死犬を立位の人体に模して木柱に固定したうえ、五回にわたり、前記固定犬に対し、背面より六〇キロメートル毎時の速度で前記自動車を走行させて草刈機の刃の部分を犬の後頭部に衝突させ、その結果如何なる傷害が生ずるかについて実験したところ、犬の後頭部の毛を刈らずになした第一回目の実験では、衝突部位に軽度の毛の挫滅を認めるのみであったため、右部分の犬の毛を刈って第二回及び第三回目の実験をしたが、それでも、表皮剥奪が僅かに認められるだけであったこと、そこで、叙上の実験結果を検討したところ、本件成傷器とされている本件草刈機の刃は研磨されているのに、実験に使用してきたそれの刃は全く研磨されていないことが判明したことから、本件草刈機と同じように刃の一枚を研磨し、これを車の進行方向に向けてガムテープで固定したうえ、前同様の方法で二回にわたって実験をしたところ(但し二回目は自動車の速度を五〇キロメートル毎時に落した。)、いずれも、被害者の後頭部の創傷と酷似するポケット状創洞を伴う外傷を得しめるに至ったことから、右山澤は、被害者の後頭部刺創が、実験に使用したのと同型の草刈機の刃の部分により生じたと考えて矛盾する点はないとの判断をしたものであることが明らかである。所論は、右鑑定に至る経過のなかには、警察官において、一旦被告人に嫌疑をかけた以上、あくまでもこれを貫こうとする執念の如き強引さがうかがわれ、それだけでも右鑑定中の実験結果には疑問があるばかりでなく、対象が、死体と生体、固定されているかどうか、草刈機の刃の固定の有無等その前提条件が多くの点で異っており、右の鑑定には到底賛同できない、というのであるが、前記各証拠によっても明らかなとおり、右のような実験はそれ自体特殊なものであり、その方法としては、予備的実験をくり返し、その結果を検討しながら進めてゆくべきものと考えられるのであって、数回にわたって、工夫改善を重ねながら実験を重ねたことは、それ自体として何等異とするに足りないものであり、しかも、犬の毛を刈ったとか、草刈機の刃をガムテープで固定するなどの措置をとったことについても、原判決も指摘するように、できる限り事故時の条件と実験のそれとを一致させるためにとられた必要かつ相当な措置であったもので、実験の結果に不当な差等をもたらすものではないと認められるのであるから、本件草刈機が本件被害者の創傷を形成し得るものであるかに関する限り右の鑑定結果そのものの信用性を所論のように疑うことはできないと考えられる。そして、右にみたように、本件草刈機の如く、それ自体本件成傷器となり得るような物体を、しかも車外に突出させた状態で走行する車両があることは極めて異例のことであることや、他の犯人が存在することを一応の理由をもって疑わせるに足りる証拠も見当らないこと等に徴すると、本件事故が被告人によって惹起されたという疑いはあるから、これを認める被告人の自白が信用に値すると考える余地もないわけではない。しかしながら、翻って考えるのに、およそ、被告人が自白するように、普通乗用自動車の後部トランクに、本件草刈機のような形状の物体を、車体外側にまではみ出すような状態で積載する場合には、自他の危険を避けるためできるだけ、車外にはみ出る部分が少くなるような方法をとるのが通常であって、殊更、刃の部分を長くはみ出すような危険な積み方を敢えてとるとは経験則上も考え難く、また、《証拠省略》によると、本件事故現場は、南北に通じる車道の幅員五・七メートルでセンターラインによって区分された片側一車線(北行車道の幅員二・九メートル)の舗装された道路で、北方に向け、半径六五メートルをもって左にカーブしているものであるが、被害者が転倒していた幅員〇・八メートルの歩道上の道路寄り側端から五〇センチメートルの部分は路側帯で白線で路側線が引かれていたことが明らかであるから、北進車両は、右のように道路が左にカーブしてみとおしが悪いとはいえ、通常であれば、路側線よりも内側を走行すると考えるのが経験則にも合致するものであって、特段の事情のない限り、敢えてこれをこえ、路側線からはみ出て前記歩道に接触すれすれのような状況で走行するとは考え難いものである。そして、《証拠省略》によると、本件草刈機は全長一・六八メートルでそのエンジン部分を本件車両後部トランクの右奥隅に置いてトランク内にはすかいに積載した場合、刃のはみ出し幅は、車体側面から一五センチメートル位で、地面(タイヤ接地面)からの高さも、〇・九八メートル(進行方向に向い、エンジン部をトランク右側前部に置き先端の刃を左斜め後方になるように積んだ場合)ないし一・〇三メートル(同じく、エンジン部をトランク右側後部に置き、刃を左斜め前方になるように積んだ場合)位であり、なお同様に積載した場合、《証拠省略》によれば、先端の刃の部分は二五センチメートル車外に突出し、その地上高九二センチメートルであり、一方、《証拠省略》によると、被害者の身長は、一四五・五センチメートルで、後頭部の本件創傷は踵から一二八センチメートルの高さの部位に存していたことが、また、《証拠省略》によると、被害者の歩行していた歩道は、これに接する道路面よりも二〇センチメートル高くなっていたことが、いずれも認められるのであるから、右のような事実関係に徴すると、被告人において、本件草刈機を、さきにみたような通常の方法で積載し、かつ、通常の走行方法で現場を通過したこと及び前かがみになって歩く癖があるとみられる被害者においても、特に腰を曲げ姿勢を一段と低くするなどの体勢をとるのではなくて通常の歩行を続けていたことを前提とする限り、本件車両に積載されていた本件草刈機の刃が、被害者の前記受傷部位に対応する箇所に当ることはありえず、従って、被告人によって本件事故が惹起されたとみることは殆ど不可能というほかはないことになる。この点につき、被告人は、捜査官に対する自白中において、本件草刈機の先端を約三〇センチメートル(司法警察員に対する供述)または約五〇センチメートル(検察官に対する供述)車外に突き出して積んだ旨、また、本件事故現場付近はみとおしの悪いカーブになっているので、このカーブに入る手前から、道路左側一杯に寄り、左側の歩道に本件車両の左側車輪が接触するすれすれの状態で進行した旨それぞれ供述しており、また、原判決も、本件草刈機は、その積み方によって横及び上へのはみ出し方に多少の差異ができるうえ、時速五〇キロメートルで本件事故現場カーブ地点を歩道ぎりぎりに走行することも決して技術的に至難ということはできず、受傷部位の高さも、被害者の姿勢、特に腰を曲げ、上体を前に傾ける度合いのいかんによっては、いくらでも受傷可能なように変化をもたらせることもできること等を挙げて、本件草刈機が本件創傷の成傷器となり得ないと断ずるわけにはゆかないと説示する。しかし、被告人の捜査官に対する自白調書では、単に本件草刈機の先端を約三〇センチメートルまたは約五〇センチメートル突き出して積載したと供述するだけで、何故そのような積載の仕方になったかは説明していない(《証拠省略》によっても、被告人は草刈機のエンジン部分をトランクの右奥隅に置きはすかいに積載したと指示し、この方法によれば本件草刈機の刃の部分が三〇ないし五〇センチメートルも車外に突出するものでないことが明らかである)し、また歩道ぎりぎりというような特異な走行方法をとったことについては、単にカーブでみとおしが悪いという外特段の事情があったことを説明していないこと等に徴すると、被告人の自白中、右に指摘した供述部分は、捜査官において、殊更本件事故の状況に合致する供述を得ようとして被告人を誘導した結果なされたものではないかとの疑いを払拭できず、にわかに措信できないものであり、また、原判決が説示するところも、単に、被告人が特異な積載の仕方や走行方法をとり、一方被害者も同じく普通に歩行しておれば考えられないような特異な姿勢を持することが、必ずしも不可能ではなかったということを指摘しているにとどまり、本件において、現に被告人が特異な積載の仕方や走行方法をとり、被害者も特異な姿勢を持していたという事実を証拠によって認定しているわけではないのである。以上を要するに、本件事故が被告人運転の本件車両により惹起されたといいうるためには、本件草刈機が、右車両後部トランクの左側面から通常考え得るよりもかなり突出し、従って刃の部分の地上高も高くなる状態で積載され、しかも、被告人が極端に歩道に接近して走行し、加えて、被害者においても、通常の歩行姿勢よりもかなり屈曲した低い姿勢を持していたという特異な事情が存在していたことを前提としなければならないと解されるところ、右のような特異な事情が存したことについては、未だ首肯するに足りる立証が尽くされているとはいえないことに帰着するのである。

してみると、他に被告人が犯人であることを裏付けるに足りる証拠のない本件においては、右に指摘したとおりの特異な事情が存在していたことについての立証がない以上、本件事故が被告人によって惹起されたものである旨の被告人の自白は、被告人運転の本件車両後部トランクに積載してあった本件草刈機が成傷器となって本件事故が惹起されたという最も重要な部分において客観的事実と符合しているとは認め難いものというべく、この点に加えて、自白のなかに いわゆる秘密の暴露に該るとみられる点も格別存しないこと(記録によると被告人は、昭和五〇年九月三日の最初の取調において、事故後直ちに自宅へ帰らず事故現場北方の下山自工前を素通りして下山バス停、国鉄下山駅前、栄濃橋交差点を経て再び事故現場へ引き返したことを供述しているが、捜査官はこの段階において既に事故発生後現場を通った大槻茂が下山自工へ到着してから後に被告人が同所へ来た事実を知っていたので、嫌疑をかけた被告人が本件事故を起したと想定すると、被告人が右大槻より先に事故現場を通過していなければならない筋合から事故後時間を費して再び現場に引き返したうえ下山自工に到着したとの見込の下にこれに沿う供述を求めたことが窺えるし、また、本件草刈機に付着していた血液を小水路で洗ったと供述している点についても、本件草刈機から血液反応が出ないことから、司法警察員が追求した際洗ったことはないと供述していたが、検察官の取調に際しはじめて供述するに至ったものでいずれも秘密の暴露に該るとはいえない。)等を併せて考慮すると、被告人の司法警察員及び検察官に対する自白は、これを虚偽だといって弁解する被告人の原審及び当審公判廷における供述を排斥して採用できるほど信用性があるとはいえないと判断するのが相当であって、他に被告人を犯人と認めるに足りる証拠のない本件にあっては、犯罪の証明が十分でないというべきである。されば、このような被告人の自白を信用し、本件につき被告人を有罪と認めた原判決は事実を誤認したものであって、右誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであって破棄を免れない。論旨は理由がある。

よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従いさらに次のとおり判決する。

本件公訴事実の要旨は、「被告人は自動車運転の業務に従事するものであるが、第一、昭和五〇年五月二七日午前一一時一〇数分ころ、普通乗用自動車を運転し、京都府船井郡丹波町大字下山小字長野所在の農道より発進しようとした際、自車に原動機付草刈機一台を積載しようとしたので、このような場合、刃の部分を車内に収納し、いやしくもこれを車外に突出させることのないようにして運転中歩行者らにこれを当てることのないようにし、事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があったのにこれを怠り、刃の部分を左方車外に突出させた状態で、草刈機を開放した後部トランクに置いたまま漫然発進し、約一・四五キロメートル国道二七号線を北進して、約五〇キロメートル毎時の速度で、同町大字下山小字岸ノ本三二番地にさしかかり、左前方の歩道上を同方向に歩行中の藤田イノ(当五一歳)を認めながら、同女の右方直近を同速度で通過しようとした過失により、右草刈機の刃を同女の後頭部に激突させて後頭部挫創の重傷を負わせ、間もなく同女を右傷害によりその場で死亡するに至らせ、第二、右のように、人身傷害をともなう交通事故を惹起したので、ただちに自動車の運転を中止して負傷者を救護する等必要な措置をとり、かつ、直ちにもよりの警察署の警察官に事故発生の日時、場所等法令所定の事項を報告しなければならないのに、なんらそのような措置をとらず、そのまま運転を継続してその場を立ち去ったものである。」というのであるが、前記説明のとおり、右公訴事実については犯罪の証明がないので、同法四〇四条、三三六条に従って被告人に対し無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 八木直道 裁判官 浅野芳朗 那須彰)

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